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城名 盛岡城(別名:不来方(こずかた)城)
住所 〒020-0023
岩手県盛岡市内丸
入場時間
入場料 無料
指定文化財 国指定史跡
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 御三階櫓(1842年以降は天守)
不明3重(1633年築)
独立式層塔型3重3階(1676年再 非現存)
築城主 南部信直
築城年 1598年
主な改修者 南部重直
主な城主 南部氏
位置 北緯39度41分59.81秒
東経141度9分0.4秒
地図 彦御蔵
本丸
ニの丸
三の丸
時鐘
100名城
スタンプ
【沿革】
南部氏は、甲斐源氏の一族でしたが、南北朝時代の頃より糠部(青森県三戸郡・八戸周辺)に基盤をおき、室町・戦国時代には次第に勢力を伸ばして、奥州北部の有力大名に成長します。
天正16年(1588)、南部信直(初代盛岡藩主)は斯波氏を滅ぼし、天正18年(1590)には豊臣秀吉から、南部七郡の領有を認められます。翌天正19年(1591)、蒲生氏郷や浅野長政の助言により、信直は三戸から不来方に居の移転を決定。慶長2年(1597)には嫡子の利直(2代盛岡藩主)を総奉行に鋤(鍬)初めが行われたと伝えられ、よく慶長3年(1598)の正式許可後、築城工事が本格的に進められました。
この地は、旧北上川と中津川の合流点の丘陵で、かつて南部氏の家臣福士氏の不来方城(淡路館・慶善館)が存在した場所です。ここに、新たな縄張りで石垣を巡らし、本丸、二の丸、三の丸を築きました。また、内丸から本町方面、中津川対岸の内加賀野、紺屋町、肴町、穀町方面にも、外曲輪や総構(遠曲輪)の堀を巡らし、さらに慶長4年(1609)から慶長17年(1612)にかけて中津川両岸が上の橋、中の橋、下の橋で結ばれ、城下町の建設と整備が進められました。以来盛岡は、江戸時代を通じて盛岡藩の中心として栄え、現在の盛岡市へと引き継がれます。

【感想】
東北随一と言われる石垣は立派ですがそれ以外の遺構はあまりなく物足りなさがありました。櫓や門跡を示す説明板がもう少しあってもいいのではと思いますね。
スタンプ
設置場所
プラザおでって2F観光文化情報プラザ
登城日 2009年5月2日(土)
LINK ウェブ盛岡
盛岡城-Wikipedia
城主家紋 【南部鶴】
(清和源氏義光流)
南部家家紋

                      

探訪
【盛岡城跡公園案内図】 【盛岡城跡公園入口】 【西側石垣】
【南側石垣】 【彦御蔵】
盛岡城址唯一の現存建物。
【西側石垣】
【二階櫓下石垣】 【南側石垣】 【西側石垣】
【西側登城口-吹上門跡】 【腰曲輪跡】 【馬場跡】
【宝蔵跡】 【二階櫓跡】
【本丸石垣】
【御末門跡】
本丸登城道。
【本丸跡】 【本丸跡・像の台座】
この上に立っていた像は第二次世界大戦時に供出された。
【南部家第十二代南部利祥公銅像】
供出された銅像写真。
【本丸と二の丸を繋ぐ橋】 【ニの丸】
【本丸とニの丸の間の堀切】 【榊山稲荷曲輪跡】
曲輪の入口が穴門跡。
【榊山稲荷曲輪内井戸跡】
【大書院跡】 【ニの丸井戸跡】 【啄木歌碑】
【ニの丸虎口】
三の丸と二の丸の間の虎口。
【三の丸跡】 【台所跡】
現在は多目的広場となっている。
【烏帽子岩】 【鶴ヶ池】 【鶴ヶ池】
【宮澤賢治詩碑】 【ホタルの里】 【毘沙門橋】
【北側石垣】 【三の丸虎口】 【桜山神社唐門】
【桜山神社手水鉢】 【桜山神社拝殿】 【南部稲荷神社】
【烏帽子岩】 【鶴ヶ池】 【時鐘】
ジャンル:麺
店名:焼肉・冷麺 ぴょんぴょん舎 盛岡駅前店
住所:岩手県盛岡市盛岡駅前通9-3
TEL: 019-606-1067
営業時間:11:00〜24:00(ラストオーダー23:00)
定休日:無休

盛岡冷麺は有名ですよね。
このお店もかなり有名店だと思います。昼時ということもあって混んでました。
冷麺はもうたまりませんね。
強いコシと弾力、ツルツルとした食感の麺。
牛骨をベースにしたあっさりとしながらもコクのあるスープ。
冷麺専用に漬けたキムチ。そして地元の冷麺通に育てられた味がぴょんぴょん舎の盛岡冷麺です。




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