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城名 松代城(別名:海津城)
住所 〒381-1231
長野県長野市松代町松代44
入場時間 午前9時〜午後5時(入場:午後4時30分)
休館日:原則なし
入場料 無料
指定文化財 国指定史跡
城郭構造 輪郭式平城
天守構造 不明
築城主 武田信玄
築城年 永禄3年(1560年)
主な改修者 田丸直昌、森忠政
主な城主 武田氏、織田氏、上杉氏、田丸氏、森氏、
松平氏、酒井氏、真田氏
位置 北緯36度33分57.99秒
東経138度11分45.62秒
地図 太鼓門
東不明門
北不明門
天守台
二の丸御殿跡
100名城
スタンプ

【概要】
松代城は、甲斐の武田信玄が越後の上杉謙信との「川中島の合戦」の際に、武田方の前進基地として築かれた海津城がその始まりといわれており、永禄3(1560)年頃に普請が完了したものと伝えられています。慶長5(1600)年関ヶ原の戦いの後、城主となった森忠政の頃、二の丸、三の丸を整備し、土塁を石垣に築きなおしたものと考えられています。元和8(1622)年に真田信之が上田より移封されて以降、明治の廃城までの約250年間、松代藩真田家10万石の居城となりました。松代城は北西側を流れる千曲川を自然の要害として造られた平城で、最奥部に本丸、南側の城下に向けて二の丸、三の丸、花の丸などの曲輪を構えていました。
明治5(1872)年の廃城以降、建物はなくなったものの、昭和56(1981)年に本丸を中心とした旧城郭域の一部が新御殿とともに国史跡に指定されています。
(説明板より)

【感想】
戦国ファンには松代城の名よりも海津城といった方がわかります。自分も松代城が海津城とは気がつきませんでした。ここを訪れてから川中島古戦場を訪れて、映画「天と地」を思い浮かべ、戦国時代に実際に起こった合戦を周囲の景色を見て物思いにふけってました。
松代城と川中島古戦場の2つ周ることをお薦めします。

スタンプ
設置場所
松代城管理棟
登城日 2008年9月22日(月)
LINK 長野市HP〜松代城
松代城-Wikipedia
城主家紋 【割菱】(武田菱)
(清和源氏義光流)
武田家家紋
【六文銭】
(滋野氏流海野氏族)
真田家家紋

                      

探訪
【松代城正面】 【太鼓門と太鼓門前橋】 【本丸堀】
【本丸堀】 【太鼓門〜ニ之門】 【太鼓門〜一之門】
【東不明門】 【天守台(戌亥隅櫓台)】 【北不明門〜ニ之門】
【北不明門〜一之門】 【北不明門枡形】 【本丸御殿跡】
【海津城碑】 【天守台(戌亥隅櫓台)】 【二の丸〜石場門跡】
 【二の丸土塁上】 【二の丸土塁〜外側斜面】 【二の丸御殿跡】
【二の丸南側土塁】 【埋門】
観光〜松代・川中島古戦場・善光寺〜
【長野電鉄屋代線】  【松代駅駅舎】
左手に汽車ぽっぽの歌碑があります。
【恩田木工民親銅像】(真田邸近く)
恩田民親は、藩の苦政の際に、対話を重んじ率先垂範の改革で松代藩を救った。
   
【恩田木工民親屋敷跡】
真田邸の近くにあります。
【真田邸門】
邸宅を改修中のため白い布が被されています。
【真田邸門と北長屋】
【真田邸庭園】 【小山田家表門】
松代藩士
【矢沢家表門】
矢沢家は松代藩において代々無役席(筆頭家老格)を務めた。
【鐘楼】 【鐘楼】 【長国寺】
真田家の菩提寺
【恩田木工民親の墓】
長国寺内の一画に他の藩士と一緒に眠っています。
【真田家御霊屋門】 【真田信之御霊屋】
破風の鶴は左甚五郎、格子天井の絵は狩野探幽筆と伝えられています。
【川中島古戦場 八幡社】 【謙信・信玄一騎打ち銅像】
川中島の合戦で最も激戦だった第四次の際の謙信が武田本陣の信玄に切り込んだ際の1シーンです。
【八幡社】
【執念の石】
謙信が本陣に切り込んできた際に信玄を守るべく中間頭原大隅が槍を謙信めがけて一槍突きだしたが、外れ謙信は引き返して行った。原大隅は取り逃がしたことを悔しがり槍をこの石に突き通したという。
【逆槐】
本陣の周りに土塁を設け土塁の土止めに自生の槐の杭を根を上にして打ち込んだのが芽を出し、その後四百年経過しこの巨木になったと伝えられる。
【市立博物館前の風景】
【善光寺参道】 【大本願】
大本願の上人様のみが法灯を継承されております。大勧進の貫主(かんす)と共に善光寺住職を兼ねており、毎朝善光寺本堂で行われるお朝事(お勤め)に出仕されます。
【白蓮坊のむじな地蔵】
思わず目が行ってしまいました。大本願前方の白蓮坊の前に”彫刻家 藪内佐斗司先生が天真爛漫な童子形のお地蔵さまと一途なむなじの姿で表した「むなじ地蔵」が置かれました。
本当の地蔵は坊内にあります。坊内では万華鏡のショップもありました。
【道明坊】
宿坊の一つ建物の彫刻に目が行ってしまいました。
【善光寺仁王門】
仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています。
【大勧進】
大勧進の住職は貫主(かんす)と呼ばれ、大本願の上人(しょうにん)と共に善光寺住職を兼ねています。
貫主は代々比叡山延暦寺より推挙される慣習になっており、毎朝善光寺本堂で行われるお朝事(お勤め)に出仕されます。
【山門(三門)】
寛延3年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成14年から19年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。
 楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。
【本殿】
本堂は創建以来11回もの火災に遭いましたが、そのたびに善光寺を慕う全国の信徒によって復興されてきました。現在の本堂は宝永4年(1707年)の再建で、江戸時代中期を代表する仏教建築として国宝に指定されています。間口24メートル、奥行き54メートル、高さ30メートルという国内有数の木造建築で、T字型の棟の形が鐘を叩く撞木(しゅもく)に似ていることから「撞木造り」と呼ばれています。屋根は総檜皮(ひわだ)葺きです。最奥の瑠璃壇には、御本尊・一光三尊阿弥陀如来様をお祀りしています。
【お数珠頂戴】
お朝事の前後には、法要の導師を務める善光寺住職(男性のお貫主さま、女性のお上人さま)が本堂を往復する際、参道にひざまずく信徒の頭を数珠で撫でて功徳をお授けになる「お数珠頂戴」の儀式があります。この日はちょうどお朝事も帰りでした。
ジャンル:お蕎麦
店名:手打そば処横綱
住所:長野県長野市小島田町1384
TEL:026-283-4527
営業時間:11:00〜売切れ次第終了
定休日:水曜日

川中島古戦場史跡公園内の手打ちそば処。喉ごし良く風味豊かなそばと天ぷらが人気。松代名産のとろろ、くるみ汁、鴨汁のつけ汁もあり。横綱そば=840円/ぶっかけそば=1260円/おしぼりそば=840円/本わさびそば=840円/

横綱そばはそばの量が多いので横綱らしいです。

写真はおしぼり蕎麦、辛味大根をおろした汁にそばをつけて食べます。そのままでは辛いので味噌、かつお節で味を調整し、ネギを入れて食べるとすごくおいしいです。病みつきになる辛さがいいですね。
川中島古戦場に来た際は寄ってみてください。




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