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城名 飛山城
住所 〒321-3236
栃木県宇都宮市竹下町380-1
入場時間 4月1日〜10月30日:午前9時〜午後5時
11月1日〜3月31日:午前9時〜午後4時30分
入場料 無料
(但し体験メニューには所定の料金がかかるものがあります。)
指定文化財 国指定史跡
城郭構造 平山城
天守構造
築城主 芳賀高俊
築城年

永仁年間(1293〜1298)頃

主な改修者
主な城主 芳賀氏
位置 北緯36度33分19秒
東経139度57分59秒
地図 木橋
枡形
烽火台跡
掘立柱建物
櫓台跡
【沿革】
飛山城は鎌倉時代後期にあたる永仁年間(1293年-1298年)頃、宇都宮氏の家臣・芳賀高俊によって築かれたといわれている。

南北朝時代には当時の城主・芳賀高名は主君・宇都宮氏綱に従って北朝方に属しており、そのため、南朝方によって攻められ暦応4年(1341年)には落城した。しかし、南朝方の勢力衰退に伴い、やがて高名は飛山城を取り戻した。

その後、芳賀氏は上野国・越後国の守護代に任じられるなど隆盛を極めたが、戦国時代になると芳賀氏や飛山城も関東平野の覇権争いに例外なく巻き込まれた。

弘治3年(1557年)には宇都宮氏や芳賀氏を支援した常陸国の佐竹義昭による宇都宮城奪回作戦(その時期の宇都宮城は壬生城主・壬生綱雄が占領していた)の最前線基地となっている。天正18年(1590年)、後北条氏を滅亡させた豊臣秀吉は宇都宮城に進軍し、そこで主要諸城を除いた北関東の城郭の破却を命じ、飛山城もこのとき廃城となった。芳賀氏はその後、慶長2年(1597年)、宇都宮国綱が秀吉の怒りにふれて改易となったのにともない下野国を離れた。


【感想】
栃木県下にここまで整備された城址があるとは知りませんでした。規模も思った以上に大きく、土塁や堀もよく復原されています。
戦国期の下野の状況もわかり訪れてよかったです。
登城日 2009年8月13日(木)
LINK 飛山城址公園・とびやま歴史体験館HP
飛山城-Wikipedia
城主家紋 【左三つ巴】
(清原氏族)
芳賀家家紋

                      

探訪
【飛山城跡碑と木橋】 【木橋と6号堀】 【木橋】
木橋を渡った内側には大手門があったと考えられます。
【6号堀と櫓台跡】 【櫓台跡】
櫓台は、6号堀に5ヶ所設けられています。ここから、大手に架かる木橋を渡って侵入しようとする的に「横矢掛け」などの攻撃を仕掛けます。
【6号堀と木橋】
櫓台より。
【枡形】
木橋を渡って来た敵に対し攻撃をするために造られた防御施設です。
【枡形】 【5号堀(東側)】
【門】
手前は土橋。
この門は、塀重門と呼ばれるタイプのもので、柱の土台には川原石を使用していました。また、土塁の上から、この門を支えるための柱穴が見つかっています。
【4号堀】 【5号堀(南側)】
【中世竪穴建物】
地面を約1.5m掘り下げて床にし、屋根を直接地面に葺きおろしています屋根は、掘立柱建物と同じ「石置板葺」です。
【中世竪穴建物】 溝跡】
曲輪Yを東と西に分ける溝です。この溝の東側では、大型の竪穴建物跡や掘立柱建物跡が見つかり、西側では、以降の数が少なく建物の規模も小規模なものが多く見つかっています。このことから、溝を挟んで東と西とでは、機能的な差があったと考えられます。
【曲輪Y】 【烽火台】
曲輪Yにあり、夜に火をぶら下げて連絡を取った。
【古代竪穴式建物】
お城よりも古い廃安時代はじめ頃の建物を復元したもの。発掘調査で「烽家(とびひや)」と墨で書かれた土器が出土したため、烽火に関連する施設の跡と考えられます。
【竈の煙突部分】 【4号堀】 【曲輪Wの土塁】
土塁の向こう側は4号堀。
【城西側眺望】
眼下に鬼怒川を見下ろす断崖になっている。
【宇都宮城方面眺望】 【掘立柱建物】
この建物は、地面に穴を掘り、そこに柱を建てたものです。壁は土壁で屋根が板を何枚も重ね合わせて葺き、その上に押さえとして石を置いた「石置板葺」と呼ばれるものです。
調査により、床を支える柱が見つかったことから、床の高い建物と想定され、武器や武具を収納する倉庫として使われたと考えられます。
【石積遺構】
曲輪Wのほぼ中央に位置します。平面は、楕円形で大小の川原石を積み上げて造られています。石と石の間からは、土師器皿や青磁片等が出土しています。遺構の性格は不明です。
【2号堀】
この堀は、曲輪Vを逆L字形に囲み防御しています。この場所は、南側の中央の突出部にあたり、東側約10mのところにある木橋を渡る敵に対し、「横矢掛け」ができるよう工夫されています。
【2号堀】
【掘立柱建物】 【掘立柱建物】 【掘立柱建物】
【掘立柱建物】
この4棟の建物は、主郭に入る木橋の前面に位置することから、城周を守る将兵の詰所と考えられます。
【木橋】
2号堀を渡る施設です。橋の手前は、鉤の手状になっており、真っ直ぐ入られないよう工夫されています。この橋を渡って城の中心部分に入ります。
【曲輪V】
【3号堀】
この堀は、曲輪Uを逆L字形に囲み防御します。南東隅に突出部があり、北東隅には曲輪Vとを結ぶ土橋があります。現状は、堀を復元せず廃城時の姿となっています。
【1号堀】
この堀は、2号堀と接続させることにより曲輪Tを逆L字形に囲み、城の一番北側を防御します。現状は、堀を復元せず廃城時の姿となっています。
曲輪T】
【曲輪X】
手前は2号堀。曲輪Xの北側は梅林になっている。
【曲輪Xからの眺望】
城北側の眺望で北側も断崖になっている。
【曲輪X】
【櫓台跡】 【櫓台跡】 【6号堀】
【6号堀と土塁】 【土塁】
土塁の左側は土塁登りの体験用に角度が緩くなっている。
体験であれば本来の角度でないと意味がないと思うのですが・・・
【飛山城模型】
【飛山城大手面模型】
攻城の様子を再現し、城の防御機能等が音声の説明でよくわかります。
【烽火施設の模型】
烽火の上げ方などの説明がよくわかります。
【飛尾山城全景】
鬼怒川対岸より。



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