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城名 福山城(別名:久松城、葦陽城)
住所 〒720-0061
広島県福山市丸之内1-8
入場時間 午前9時〜午後5時(入場は午後4時30分まで)
休館日 月曜日 (祝日の場合は翌日)
    年末 12月28日〜12月31日
入場料 一般:200円 (※260円) 高校生以下、無料
(※は団体20名以上の場合)
☆ 特別展の観覧料は、異なります。
指定文化財 国指定史跡、重要文化財(伏見櫓、筋鉄御門)
城郭構造 輪郭式平山城
天守構造 複合式層塔型5重6階(1622年)
(鉄筋コンクリート造復興(1966年))
築城主 水野勝成
築城年 元和5年(1619)
主な改修者 阿部氏
主な城主 水野氏、松平氏、阿部氏
位置 北緯34度29分27.74秒
東経133度21分40.04秒
地図 月見櫓
御湯殿
伏見櫓
鉄筋御門
鐘櫓
100名城
スタンプ

【概要】
元和5年(1619)徳川譜代の臣、水野勝成が備後10万石の領主となり、ここ福山に城を築いてからの福山の城下町としての歴史は始まりました。その後、水野氏5代、代わって松平氏1代、阿部氏10代と廃藩置県に至るまで、福山城が藩治の中心となったのです。
明治6年廃城となり、天守閣、伏見櫓、筋鉄御門、御湯殿を除いて、ほとんど取り壊されました。しかも、昭和20年の戦災により、天守閣と御湯殿を焼失しましたが、昭和41年秋に市制50周年記念事業として、天守閣と御湯殿、月見櫓が復原されました。
幸い焼失を免れた伏見櫓、筋鉄御門は昔日の姿を止め、国の重要文化財に指定され、城他は国の史跡として保存されています。福山城は近世築城の最後のものとしての完成された築城術の粋を誇るもので、全国城郭中屈指の名城とたたえられていました。福山城博物館は、その歴史と文化を、数々の資料を展示して伝えるものです。


【感想】
城址内を新幹線が通ってしまい三ノ丸などはほぼ消失してしまっているが、この城の見どころは二ノ丸の伏見櫓と筋鉄御門からなる枡形部分でしょう。二ノ丸を一周すると本丸の櫓も見られるので是非本丸直行ではなく二ノ丸の散策をおススメします。

スタンプ
設置場所
福山城天守閣内
登城日 一回目:2008年9月17日(水)
二回目:2014年4月27日(日)
LINK 福山城博物館公式HP
福山城-Wikipedia
城主家紋 【立ち沢瀉】
水野氏家紋
【丸に右重ね違い鷹の羽】
阿部氏家紋

                      

探訪
 【JR福山駅出口より】 【東揚楯御門跡】
二の丸の入口
【二の丸より天守】
【東側の門】
名称不明
【月見櫓】(二の丸より)
京都伏見城内にあったものを移設したもので、本来は着見櫓のことである。
追手側(南)も入江方面も展望できる南東隅にお築かれ、藩主等の到着を見極める役割をなしていた。♂
【月見櫓】(本丸より)
1階南西に石落としがあり、古い建築様式をもっている。明治初年に取り壊されたが、昭和41年秋、天守閣とともに外観復元された。(本丸南東隅)
【御湯殿】(二の丸より)
京都伏見城内にあった豊臣秀吉の居館を移した伏見御殿に付随した建築で、国宝に指定されていた。建築の一部は石垣上に張り出し、内部は物見の段と風呂の間とに分かれていた。♂
【御湯殿】(本丸より)
昭和20年の戦火により焼失したが、昭和41年秋、天守閣とともに外装、内部ともに復元されたものである。(本丸南側)
【鐘櫓】(二の丸より)重要文化財
本丸西側に位置し、はじめは鐘を吊り、太鼓を懸け、時の鐘と半時(1時間)の太鼓を打っていたと言われている石見国(島根県西部)大森銀山の応急監督を命ぜられ、人数をくりだす必要があったためと言われる。♂
【鐘櫓】(本丸より)重要文化財
鐘は、儒者山室如斎、菅茶山の銘を刻んだものもあったが、現在は無銘である。昭和54年改修工事完了。
全自動にて1日4回午前6時、正午、午後6時、午後10時に鳴ります。(本丸西側)
【本丸石垣】 【裏御門跡】
冠木門は模擬
【東御門跡】
本丸への入口に建っていた。
【黄金水】
本丸に現存する唯一の井戸で、その他本丸には4ヶ所、二の丸に3ヶ所、三の丸に2ヶ所あったと言われている。城郭における井戸はその城の良否あるいは戦闘の際の生命を支えるものとして重要視され、この黄金水は渇水時にも水をたたえていたすばらしい井戸であった。(本丸西側)
【二ノ丸石垣と築地塀】
【福山城址碑】
福山駅新幹線ホームから見えるように立っている。
【伏見櫓】(二の丸側)重要文化財
三層の隅櫓、本瓦葺。伏見城「松の丸東櫓」(梁の刻印による)にあったものを元和8年(1622)水野勝成の福山築城に当たって、将軍秀忠が移建させたものである。
【伏見櫓】(本丸側)重要文化財
伏見城の城郭建築の遺構としては希有のもので、城壁三層の豪華な姿に桃山時代の気風がうかがわれる。(本丸西南隅)
【筋鉄御門】(重要文化財)
入母屋造り、本瓦葺、脇戸付、櫓門、福山城の正門で福山築城に際して、伏見城から移建したものと言われている。柱の角に筋鉄を施し。扉に数十本の筋鉄を打ちつけているためその名が生まれたものである。外側から見て右側に渡櫓、左側に多門を連接させたもので、後代の枡形多門の型を取らない初期様式のものである。
【伏見西殿跡】 【鏡櫓】(文書館)
本丸東側に位置し、東南隅の月見櫓から北へ延びる塀でつながれ、6間と4間の広さをもっていた。明治6年廃城の際に取り壊されたが、昭和48年9月30日外観復元されその姿を見ることができるようになった。この鏡櫓は、福山城博物館の文書館として昭和49年4月2日開館し福山を中心に文書、記録類を収集整理、展示し、学習の場として活用されている。
【天守閣】(本丸より)
天守閣は本丸北隅に市雄している。五重六階地下一階、別に二層三階の付櫓をもつ複合天守で、外観は六階のように見える。
一重目の南北面と二重目の東西面は比翼入母屋、その他の各層には、千鳥破風や唐破風えを設けている。
【天守閣】(二ノ丸より) 【天守閣より本丸】
写真上方に見えるのがJR福山駅の新幹線ホーム。
真中は御湯殿、右側は鉄筋御門
【二ノ丸東側の二重櫓跡】 【水野勝成像】 【阿部正弘像】
【三ノ丸・物見櫓跡】
福山城正面マンション前にある。
【舟入・二重櫓台跡】
福山城南口バス乗り場付近にある。




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