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※地図上のマーク、線はおおよその位置を示したものです。
城名 佐和山城
住所 〒522-0007
滋賀県彦根市古沢町
入場時間 龍潭寺山門開門時間
午前9時~午後5時(冬季は午後4時まで)
入場料
指定文化財
城郭構造 連郭式山城
天守構造 五層(三層説有あり。非現存)
築城主 佐保時綱
築城年 鎌倉時代初期
主な改修者 石田三成
主な城主 佐保氏、磯野員昌、丹羽長秀、堀秀政、堀尾吉晴、石田三成、井伊直政
位置 北緯35度16分46.2秒
東経136度16分8.13秒
地図 本丸跡
隅石垣
千貫井戸跡
西ノ丸跡
太鼓丸跡
【沿革】
鎌倉時代初期、近江源氏・佐々木定綱の六男佐保時綱が、佐和山の麓に館を構えたのが始まりと伝えられています。
その後、佐々木氏は六角氏と京極氏に分かれ、対立。佐和山城は、両勢力の境目の城として攻防が繰り返されました。

戦国時代に入ると、京極氏にかわって浅井氏が覇権を確立し、六角定頼と対峙します。然しながら、上洛の為に美濃からやって来た織田信長によって情勢は一変します。
信長は、浅井長政に妹お市を嫁がせ上洛の足がかりとし、六角氏の観音寺城を攻め、近江を制圧します。しばらくして、反信長勢力を中心に元亀の乱が始まり、信長は姉川の戦いで浅井・朝倉連合軍を破り、浅井氏は小谷城と佐和山城に逃げ込みます。信長は、佐和山城の東西南北に武将を布陣させて包囲しました。城内に立て籠もった浅井家臣の磯野員昌は約八ヶ月籠城しますが信長に降伏。信長は重臣の丹羽長秀を佐和山城に配し、安土城築城までの間、近江支配の核、京都と岐阜の中継点、西国への最前線という機能を維持、秀吉の時代にも堀秀政、掘尾吉晴、石田三成と佐和山城に置きました。

石田三成の時代には、山上に本丸以下、二ノ丸、三ノ丸、太鼓丸、法華丸などが連なり、山下には東山道に面して大手門を開き二重に巡らせた堀の内には侍屋敷、足軽屋敷、町屋などの城下町が建築され、佐和山西麓には琵琶湖の松原湊につながる百間橋が敷設されました。

関ケ原の合戦より遅れること二日、小早川秀秋ら寝返り組を主力とする一万五千人の兵が佐和山城を包囲、三成は合戦で敗れ湖北へ逃走、佐和山城は三成の父・兄の守備が堅く執拗な攻撃によく耐えましたが、兵力の違いはいかんともしがたく落城、天守は焼かれ自刃して果てました。

徳川家康は、関ケ原の合戦の論功行賞として、井伊直政に佐和山城が与えられましたが、翌年、直政死去。家老の小俣守勝は家康と相談し、彦根山への移築を決定しました。
佐和山城は、歴史のなかのみに生きる城となったのです。
(「佐和山城跡のご案内」より)


【感想】
登城口の龍潭寺がわかりにくい場所にあります(彦根駅から線路沿いには来れない)が、JR彦根駅東口から龍潭寺までの間に電車で見ていた「佐和山城」の看板裏を通ったり、三成の屋敷跡があったりとよかったです。多分この屋敷跡まではなかなか来ないと思います。
龍潭寺の山門は午前9時から開門となっていますが、龍潭寺より先の登城口からはいつでも登れるようです。城の遺構としてはあまり残っていないのといたるところ通行止めらしく城域全体を見ることができないのが残念でした。



登城日 2013年5月4日(火)
LINK 滋賀県観光情報-戦国の舞台近江を歩く
佐和山城-Wikipedia
城主家紋 【九曜】
(桓武平氏三浦氏流?)
石田氏家紋

                      

探訪

龍潭寺前案内板より
【石田三成屋敷跡】
佐和山会館脇の坂道を上っていき右折すると右手にあります。
【佐和山会館から見た佐和山城】
赤丸付近が石田三成屋敷跡。
【佐和山一夜城】
佐和山一夜城復元プロジェクトで作成された天守模型。
【清凉寺】
この寺の境内付近が島左近の屋敷跡とされている。
【龍潭寺表門】 【石田三成の像】
【龍潭寺山門】 【龍潭寺内の七福神】 【登城路】
【切通し】
古絵図に「かもう坂通り往還」と記されている切通し。佐和山城が機能していた時代には、佐和山城の北を限る道であり、東山道と琵琶湖岸の松原をつなぐ道として、旅人や牛馬が頻繁に往来しました。
【西ノ丸・下段跡】
ここに焔硝櫓があったとされる。
【下段から中段へ向かう登城道】
【西ノ丸・中段跡】 【西ノ丸・上段跡】 【西ノ丸上段本丸側竪堀】
【西ノ丸・上段跡】 【本丸へ向かうスロープ】 【本丸虎口】
【本丸からの眺望】
彦根城がはっきりと見える。
【佐和山城址碑】 【本丸跡】
【萬霊供養地蔵尊】 【本丸枡形虎口】
ここが枡形であったとされるが、よくわからない状態。
【本丸東側虎口】
【本丸隅石垣跡】 【本丸隅石垣跡】
算木積みになっているそうだが、見た目では埋まっているのでわからない。
【千貫井】
本丸の南西部の山腹に穿たれた井戸。
【太鼓丸入口】 【太鼓丸跡】 【女郎谷】




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