城名 | 三原城(別名:浮城、玉壺城) | |||
住所 | 〒723-0004 広島県三原市館町1-2-10 |
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入場時間 | - | |||
入場料 | - | |||
指定文化財 | 国指定史跡 | |||
城郭構造 | 梯郭式平城 | |||
天守構造 | なし | |||
築城主 | 小早川隆景 | |||
築城年 | 永禄10年(1567) | |||
主な改修者 | 福島氏 | |||
主な城主 | 小早川氏、福島氏、浅野氏 | |||
位置 | 北緯34度24分4.62秒 東経133度4分57.57秒 |
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【歴史】 小早川隆景は、兄の吉川元春とともに、甥の毛利輝元を助けて中国統一を完成させて瀬戸内海の水軍を掌握していた。 隆景は、天正年間毛利氏の広島築城と相前後して、沼田川河口の三原の児島をつないで城郭を築きここに移った。三原城は海に向かって船入を開き、城郭兼軍港としての機能をそなえた名城で、満潮時にはあたかも海に浮かんだように見えたので「浮城」と呼ばれた。 小早川氏の移封後も、福島氏、浅野氏の支城となっていたが、JR山陽本線及び新幹線が本丸を貫き、今は天守台跡とそれをめぐる濠および船入櫓跡、中門跡などが残るのみである。 (天守台上の説明板より) 【感想】 本丸を山陽本線、新幹線が貫いているため天守台へは三原駅の二階から入ることになります。この天守台の大きさは広島城の天守なら6個建つそうです。それだけ巨大なものを作ったわけですが天守は作られていません。なんかもったいない感じがします。 三原駅の南側には意外な場所に遺構がちらほらあります。 東京から向かってきた先に見えた石垣は船入櫓の石垣でしたし、町中を探って周るのも面白いです。 移築作事門は、保存状態が良くありません、お寺の山門なのに門扉は取れている状態ですし、何にも手入れがされていないようです。 |
100名城 スタンプ |
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スタンプ 設置場所 |
・みはら歴史館 ・三原観光協会 |
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登城日 | 一回目:2014年4月27日(日) 二回目:2017年3月11日(土) 三回目:2019年5月3日(金) |
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LINK | 三原観光NAVI-三原城 | |||
Wikipedia-三原城 | ||||
城主家紋 | 【三つ巴】 (桓武平氏良文流) 小早川氏家紋 |
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【沢瀉】 福島氏家紋 |