城名 大内氏館
住所 〒753-0093
山口県山口市大殿大路119 龍福寺
入場時間
入場料
指定文化財
城郭構造 城館
天守構造 なし
築城主 大内弘世
築城年 正平15年(1360)頃
主な改修者
主な城主 大内氏
位置 北緯34度11分2.8秒
東経131度28分49.6秒
地図 西門
庭園
土塁
大内義隆像
大内義隆公供養塔
【歴史】
ここは、大内氏24代弘世が正平15年(1360)頃それまでに館の合った大内御堀から山口に移り、館を定めたところです。

大内氏は弘世以後歴代がここで政務をとり、その領国は、中国・九州地方まで及んだため、山口は西日本の政治経済の中心地となりました。また、大内氏は海外との交易によって富の蓄積と異国文化の移入、京の戦乱を避けて公郷・僧侶などの文化人が、この館を訪れたことによって、当時の山口は京都をしのぐほどの富みと文化を誇ったと言われています。天文20年(1551)大内氏31代義隆は重臣陶晴賢の叛乱により滅亡しました。

その後陶氏を滅ぼした毛利氏は、弘治3年(1557)大内義隆の菩提を弔うため、この館跡に龍福寺を建立しました。

館は、百闔l方の堀と土塁に囲まれた中に造られていたと言われています。現在は、ほとんどその面影を見ることは出来ませんが、山門の東側竹藪の中に土塁の一部を見ることができます。
(説明板より)

【感想】
館跡には龍福寺が立てられているが、土塁などが復元され館の規模を確認できる。
資料館が開いていれば大内氏と毛利氏の関係のわかる資料などが見られるらしい。

 
登城日 2016年8月7日(日)
LINK 大内文化の遺産-大内氏館跡-
大内氏館-Wikipedia
城主家紋 【大内花菱】
(渡来系多々良氏流)
大内氏家紋

                      

 探訪

※現地説明板より
【瑞雲山 龍福禅寺入口の碑】
大内氏館跡に建つ龍福禅寺で大内義隆公の菩提寺になっています。
【土塁と堀跡】 【西門(復元)】
【説明板】 【龍福寺 正門】 【大内義隆公供養塔】
【大内義隆公供養塔】 【龍福寺 本堂】
【大内義興公「馬上展望」像】
【池泉庭園】 【石組井戸跡】 【池泉庭園】
【建物基壇】 【池泉庭園】 【石組かまど跡】
【せん列建物跡】 【石組水路】 【池泉庭園】




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