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城名 高原城(別名:直島城)
住所 〒761-3110
香川県香川郡直島町
入場時間
入場料
指定文化財 県史跡
城郭構造 連郭式山城
天守構造 不明
築城主 高原次利
築城年 戦国時代末期
主な改修者
主な城主 高原氏
位置 北緯34度27分37秒
東経133度27分53秒
地図 櫓跡
三ノ曲輪跡
二ノ曲輪跡(護王神社)
本曲輪跡(八幡神社)
【沿革】
高原城は、戦国時代末期の乱世に生きた初代高原次利が八幡山に築いた。高原氏は6代90年間、瀬戸内海の要衝の地を治め、備讃の豪族が没落した中で、江戸初期まで生き延びた数少ない名家の一つです。
初代次利は、備中高松城水攻めの際、羽柴秀吉の海上警備につき活躍、天正10年(1582)岡山城で秀吉に謁し、参陣の賞として直島、男木島、女木島の三ヵ島六百石の所領を許される。慶長5年(1600)関ケ原の戦いでは、二代次勝が東軍の徳川家康方に加わり、その功績で幕府の旗本寄合に加えられた。直島を一国として支配した「高原時代」は、直島の歴史の中でも最も豊かで活力があった。
寛文11年(1671)三代直久、徳寿、内記、数馬を経て高原氏は改易、天領地として倉敷代官所の支配地となる。「高原城」が高田浦(本村)に築かれ城下町を形成、現在の直島町の行政の中心、本村ができた。
そして今も当時の城下町の姿を色濃く残している。


【感想】
直島の美術館めぐりの際に、直島にも城跡があることを見つけ登城。町プロジェクトの中心部である本村地区が城下町であり、町プロジェクトの一つ護王神社がある場所なのですぐに見つけることが出来ます。直島エリアマップにも櫓跡として記載されています。
櫓跡とされる曲輪からは瀬戸内海を一望でき、堀切なども確認できる。八幡山の構造からみるといろいろ改変はされていると思いますが、櫓跡とされる場所は「三ノ曲輪」、護王神社は「二ノ曲輪」、八幡神社は「本曲輪」のように感じます。
登城日 2013年9月3日(火)
LINK 直島町-Wikipedia
城主家紋

探訪
【櫓跡】 【登城道】
近くには町プロジェクト「角屋」がある。
【三ノ曲輪跡】
曲輪内には高原城の説明板がある。
 
【三ノ曲輪跡】
ここから本村港や瀬戸内海が一望できます。
【切通し】 【堀切】
【二ノ曲輪跡】
ここに家プロジェクトの護王神社があります。
【本曲輪跡】
八幡山の一番高い位置に八幡神社があります。
観光〜直島〜
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モネの睡蓮をイメージした庭園。
【地中美術館】 【李禹煥美術館】 【李禹煥美術館屋外展示作品】
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