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※赤線は登城経路ですが大体の位置を示すものです。
城名 久留米城
(別名:篠山城、笹原城、篠原城、久留目城、来目城、雨城)
住所 〒830-0021
福岡県久留米市篠山町444
入場時間
入場料
指定文化財 県指定文化財
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
代用天守:巽櫓 層塔型3重3階 (1620年頃築・非現存)
築城主 不明
築城年 永正年間(1504〜1521)
主な改修者 小早川秀包、有馬豊氏
主な城主 毛利氏、田中氏、摂津有馬氏
位置 北緯33度19分42.33秒
東経130度30分27.98秒
地図 三ノ丸跡
二ノ丸跡
本丸(本丸御殿)跡
蜜柑丸跡
三ノ丸堀跡
【歴史】
永正年間(1504〜1521)に筑後川沿いの小高い山に築かれた平山城が久留米城の始まりとされる。多良山座主麟圭はこの城に籠り、豊後大友氏と戦っている。

天正15年、豊臣秀吉の九州国割により、久留米城には毛利秀包が入城する。関ケ原の戦いで毛利家が断絶すると、田中吉政が筑後一国の領主となり、筑後北部の支配の拠点であるこの城には次男則政が置かれた。

元和7年(1621)、有馬豊氏が田中家の改易を受けて筑後北半21万石の大名として入城する。
豊氏は入国間もなく久留米城の大改修を行いました。毛利・田中代には東面していた大手を南面に作り替え、その前面に二ノ丸・三ノ丸・外郭を南北に配置した連輪式の構造をもつ城を建設する。
その特徴は、本丸のみ石垣で築き、周囲には三層の隅櫓7棟を配し、それらの間を二層の多聞で囲むという堅固な構造になっていた。

有馬氏の治世は幕末まで続き、明治4年(1871)になって廃城になります。


【感想】
雨の為に予定を変更して急遽訪れた城跡ですが、本丸の石垣を見たとたんにテンションは上がりました。遺構は堀、石垣ぐらいしかありませんが、この石垣が結構高さもあり立派です。特に東御門跡から蜜柑丸跡に降りて見る月見櫓や巽櫓下の石垣は見事です。
有馬記念会館では有馬氏に関する展示も行っており興味深く見ることができました。そこには久留米城の模型もあり、本丸は二層の多聞により囲まれているという珍しい城でもありました。


登城日 2013年9月30日(月)
LINK 久留米城-Wikipedia
城主家紋 【三つ巴】
(桓武平氏良文流)
小早川氏家紋
【有馬竜胆車】
摂津有馬氏家紋

                      

探訪

※案内板より縄張図(加筆有り)

※案内板より(加筆有り)
【三ノ丸跡】
ブリジストン通り、篠山城南交差点にある。
【二ノ丸跡】
三ノ丸跡よりブリジストン通りを北上した右側にある。
【本丸石垣と本丸堀】
 
【本丸石垣と本丸堀】 【本丸堀】 【冠木御門跡】
【本丸跡】 【太鼓櫓跡】 【太鼓櫓から見た本丸堀】
【本丸御殿跡】 【巽櫓跡】 【二層多聞跡】
久留米城の周囲は二層の多聞で囲われていた。
【月見櫓と東御門跡】 【月見櫓跡】 【月見櫓跡と東御門跡】
【蜜柑丸】
久留米城の腰曲輪で、蜜柑が植えられていたことから名づけられた。
【巽櫓下の石垣】 【月見櫓下の石垣と東御門跡】
【二層多聞跡】 【艮櫓跡】 【大井戸】
【乾櫓跡】 【本丸北側土塁】
北側は土塁が盛られている。
【本丸御殿跡に建つ篠山神社拝殿】
【井戸】 【久留米城模型】
有馬記念会館内に展示。
【三ノ丸堀跡】
ジャンル:ラーメン
店名: 沖食堂
住所: 福岡県久留米市篠山町330
TEL: 0942-32-7508
営業時間:10:00〜15:00
定休日: 日曜・祝日

創業1955年の老舗で久留米ラーメン発祥のラーメン屋と言われています。
今も昔と変わらずに美味しいラーメンを提供し、昼食時は近隣の会社からも食べに来るため激混みです。しかし回転も早いのでそれほど待たなくても大丈夫の様です。
このお店味も良いが、その価格に驚きます。
ラーメン380円、大ラーメンでも480円です。
また焼き飯も人気があるようです。




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